新潟県医師会への提言に応募し、落選しました
この度、新潟県医師会から研修医2年目に対して、研修を踏まえて、”新潟県の医師不足のために医師会が果たせる役割”というテーマで提言が募集され、糸魚川総合病院か3名が論文を提出しました。
結果は、澤田先生がなんと優秀賞で次点、菊地先生が奨励賞で入賞でした。おめでとうございます!
残念ながら私は落選でした。しかし、未熟ながらも自分の研修の一つの集大成と位置付け、年末年始にかなり時間を割いて作成しました。誰の目にも触れないのは寂しいので、勝手ではありますが、こちらに掲載させていただくことにしました。よろしくお願いします。
なお、4000字程度のものを2000字(文字数の制限)に圧縮したので、足りない部分は注釈で補足しています。また、思慮に欠けている部分や考えが浅い部分もあるかと思いますが、ご容赦いただけますと幸いです。
新潟県の医師不足のために医師会が果たせる役割
超少子高齢化を迎えている日本において、医療費増大、地方での医療人材の不足と偏在は喫緊の課題となっている。私は、糸魚川市唯一の総合病院である糸魚川総合病院で初期研修をさせていただき、人手不足の中で懸命に働く医療従事者*1の姿を見てきた。どうすれば、地方に医師を集めることができるのだろうか。私のこれまでの経験したこと、見聞きしたことを踏まえて3つの提案を行いたい。一つは、女性医師の獲得、もう一つは、人が集まる場とシステムの構築、そして、他流試合を行うことだ。
まず、なぜ男性ではなく女性医師の獲得なのか。私は新潟県と同様に医師不足が深刻な岩手県で学生時代を過ごした。その中で、自らの意思で岩手県内に残った県外出身者の多くが、「交際相手の女性(医師)が岩手県出身」だった。医学部同士の交際では、女性の出身県に男性が就職先を合わせる傾向があり、新潟大学出身者に尋ねても同様の傾向があるとのことだった。そうだとすれば、女性医師にとって働きやすい環境を提供することで、地域に残る医師数全体が増加し、男性医師にとっても働きやすい環境につながるのではないだろうか。そのためには、若手医師、特に女性医師に対してのヒアリングによる実態の把握や意識調査を行い、より具体的な対策を講じることが重要となる。*2
次に、人が集まる場として、糸魚川・上越地域を例にとって考えてみる。上越地域は、北陸新幹線が開通したことで、富山や長野、東京との利便性が向上したが、新潟市から上越地域への移動は不便なままであり、上越市や糸魚川市に医師が集まりにくい状態が続いている。そこで、長野県の厚生連佐久総合病院*3は参考にできないだろうか。佐久医療圏も大学病院と距離が離れているが、海外から視察に訪れる人がいる程の地域医療システムを構築し、医師充足地域となっている。上越市も佐久地域と同様に自然に恵まれ、白馬や妙高といった魅力的な場所もある。新幹線によって関西と関東をつなぐ交通の要所となる今、上越地域に医師が集まる特色のある病院を構築することはできないだろうか。
人が集まる病院を構築するためには、例えば、日本版ホスピタリスト制の導入を考えてみたらどうだろうか。ホスピタリストは「病院総合医」と訳されることも多く、かかりつけ医と連携しながら、病院での入院治療だけを行う専門職のことを言う。1996年に米国で誕生し、2020年までに5万人のホスピタリストが活躍している。私は研修医2年目の2週間をハワイで病院研修をさせていただき、その医療への高い貢献度や医療教育に果たす役割の重要性を知った。近年、医学知識は増加の一途を辿っており、各分野で高い専門性を求められるようになった。さらに、働き方改革のために業務の効率化も必要となっている。このようなニーズに応えるためにホスピタリストが果たせる役割は大きいと思う。*4
ホスピタリストを中心とするシステムの構築には、指導者の育成が必要となる。そのために、例えば、米国で学んできたホスピタリストを客員講師として招き、それを目玉とした研修プログラムを組むことはできないだろうか。新潟大学を含めた専門医療機関や糸魚川を含めた地域医療機関とも連携しながら、バランスの良い教育を行う。また、このシステムがうまく機能するためには、かかりつけ医の役割を果たす開業医が所属する医師会との連携が不可欠となる。
他流試合の重要性については、多くのベテラン医師が強調するところであるが、私自身も上越地域の病院間で行われる勉強会、「不識庵」など他病院の医療従事者と交流する中で、多く学びがあった。ハワイの病院研修では、上記ホスピタリスト制度を目の当たりにし、私の人生に大きな影響を与えた。同時に、新潟県の地域医療は、先生方の献身によって支えられていることにも改めて気付かされ、「百聞は一見に如かず」を実感した。*5医療システムを整えるためにはお金が必要なことは確かだが、一人当たりのGDPが低くてもより福祉が充実していたり、人々が幸福に暮らしたりしている国はある。*6もちろん、日本にも素晴らしい工夫をしている病院も多い。国内外の人や病院との交流による他流試合を図ることで、より多くのアイディアや解決策が見つかり、新潟県各地域の医療の発展につながるのではないだろうか。
日本の経済学者である宇沢弘文は、著書の「社会的共通資本」*7の中で医療と教育について、「一人一人の市民が、人間的尊厳を保ち、市民的自由を最大限に享受できるような社会を安定的に維持するために必要不可欠なもの」としている。新潟県の医療は過渡期にあり、次の50年先を見据え、肩書きや慣習にとらわれすぎることなく、改革を行なっていく必要があるだろう。そのために、多様なバックグラウンドの医師が在籍する新潟県医師会の果たせる役割は大きいのではないだろうか。*8
*1医療従事者と表現したのは、医師以外の人手不足もかなり深刻だと感じているからです。秋田の知り合いの病院では、看護師不足で病棟を閉鎖していました。
*2新潟県の医師会報で掲載されていた「専攻医がなぜ新潟県を選んだか」のアンケートのデータではこの主張は否定的でした。しかし、この意見に賛同する人は多く、今後女性医師が増える中で、かなり重要な点だと考えました。既に医師会では「女性医師バンク」を開設しており、これを周知・普及させることも良さそうです。
*3厚生連佐久総合医療センターは、農村医療の祖と呼ばれている若月俊一先生が設立した病院で、この病院を中心に完成度の高い地域医療システムを構築しています。地域医療におけるこの病院の功罪については、議論があるようですが、医師が集まる拠点として機能しており参考になると思います。新潟大学からの派遣という形をとっていると、上越地域に派遣される先生方の負担も大きくなります。上越地域にこのような病院ができ、人が集まれば、医師が足りていない県央地区などにもう少し人員を避けるのではないでしょうか。
*4私が研修したハワイのQueen’s Medical Centerでは、医療の分業と効率化が進んでいました。行き過ぎた分業はマルクスが指摘するように、労働の魅力を奪う結果になりかねません。しかし、医学知識の増加や働き方を改善するためには、どうしても分業が必要になります。実際に、私が研修した3次医療機関でも、専門医の先生が、専門以外の診療に難渋している場面がありました。日々進化する専門知識を学びながら他の科の知識をアップデートするのはかなり無理があると感じました。ホスピタリスト制度の導入は、専門医の負担を減らし、より質の高い医療の提供と、今後を担う若手の教育、効率的な病棟運営が可能となるため、将来性があるのではないでしょうか。ただ、そのままホスピタリスト制度を米国から輸入するのでは、既存の日本の制度との摩擦が強いので、日本の医療の実情に合わせた日本版ホスピタリストを模索していく必要があります。
*5他流試合は、私の研修の中で大きな刺激を与えてくれました。今後、新潟県では地域枠による若手医師の増加が見込まれます。私が出会った地域枠の人の中には、挑戦心が強く、一度新潟以外で研修したい、海外で勉強したいといった思いを持ちつつも、地域枠であるためにその実現が厳しいのではないかと心配している人もいました。また、新潟大学の地域枠が増えたことで、新潟県出身→新潟大学卒業→新潟大学医局に入局となる人の割合が増加します。組織の均一化は、異なるものに対する排他性を強める側面があり、(中野信子の「ヒトは「いじめ」をやめられない」)、新しい価値観に触れ、より良い医療を提供するためにも他流試合は重要になるのではないでしょうか。現在、知識は論文やUpToDateでいくらでも手に入りますが、実感を伴って本当の意味での理解をするためには、生の五感を使った(山岸院長先生の言葉を借りると)体験が重要になると思います。これは学生時代にアフリカのザンビアに行った際にも特に感じましたし、研修で病院を転々する中でも感じました。
*6ジェイソン・ヒッケルの「資本主義の次に来る世界」や日本でベストセラーになった斉藤幸平の「人新世の資本論」の内容を参考にしています。米国は一人当たりのGDPは高いですが、幸福度が米国より高い国は多くあります。経済が一定レベル以上に達すると、GDPと人の幸福度は相関しないようです。医療においても同様で、ハワイの研修では、質の高い医療を実感すると同時に、高額な医療による弊害を感じました。前述で、米国のホスピタリスト制度の導入について提案しましたが、米国のような医療システムが全て必ずしも良いものではないように感じます。人々の幸福に寄与するという点では、日本の保険医療制度は、多くの人が、生活の基盤である医療にアクセスしやすく、世界に誇れるシステムだと思います。しかし、そのシステムはこれまで医療従事者の献身や多額の税金によって支えられてきました。日本で急速に進む少子高齢化や人口減少は、世界に類をみないものであり、現行の医療保険制度や地域の医療システムはこれに対応しきれておらず、変革が必要となっています。そこで、様々な国や地域の医療制度や工夫を参考にしつつ、米国の医療をそのまま真似するだけではない日本や新潟独自の医療システムを構築できたら良いと思います。県の医療を改善するためには、新潟県の医療人や市民が団結して国に対して圧力をかけることも必要です。『人新世の資本論』の中で「ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「三・五%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである」とあり、一人一人の力は弱くても、団結することで変化が起こせる、という希望を感じました。
*7宇沢弘文は、日本を代表する経済学者の一人です。「社会的共通資本」を通して人の心を大切にする経済学を研究に従事されました。私は三人の先生方(ザンビアの無医村に診療所を建設した宮地先生、ハワイでお世話になったホスピタリストの野木先生、諏訪中央病院院長の佐藤先生)から同著者の「人間の経済」という本を勧めていただき、とても勉強になりました。この本では、医療保険制度が破綻してしまったイギリスが紹介されており、日本が同様の道を辿らないで欲しいと思います。
*8上越における地域医療構想は、各病院の思惑が食い違っており、議論が平行線を辿っていると聞きます。(同期の菊地がイノベーター枠で調査していました)しかし、今後の上越地域の医療を持続的に維持していくためには、早急に話を進める必要があると思います。このままでは、新潟県厚生連と新潟県立病院の多額の赤字が示す通り、医療崩壊につながりかねません。改革には痛みが伴いますが、市民が暮らす上で基盤となる社会的共通資本を守っていくために、しがらみや慣習にとらわれ過ぎず、医療従事者が力をあわせていく必要があるのではないでしょうか。
補足の補足になりますが、この文章を作成した後に、菊地のイノベーターの発表を聞き、地域医療連携の難しさをより具体的にイメージできました。語弊を恐れず言うと、ガザ地区とイスラエルが和解できないの似ている気がしました。解決に向けては、戦争と同じで、力強い調停役が必要になると思いました。